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ラオスのフェイサイから船でメコン川を渡り、チェンコンからタイに入国した私は、そのまま真っ直ぐにメーサイに向かった。 景洪を出てからインターネット・カフェがなく、メールができない状態が続いた。8日間溜まったメールと掲示板を見るためインターネット・カフェを探した。 私の泊まったメーサイ・プラザ・ゲストハウスの近くにあるインターネット・カフェは回線不良で使えず、メイン・ストリートのPhahonyothin Rd.に近いインターネット・カフェへ出向いた。
掲示板にはソウル・カシュガルで一緒だった遠藤君からメッセージが届いていた。そこには驚くべき報告があった。 「(対佐々木健介戦)川田が勝ちました」 30年もの間、厚い壁に閉ざされていた全日本プロレスと新日本プロレス。その壁を皮肉にも全日本プロレス崩壊の危機という状況がぶち壊した。猪木イズムの継承者・佐々木健介vs馬場の王道の後継者・川田利明、このプロレス界における歴史的な一戦に川田が勝利したのだ。 全日を愛する私には飛び上がらんばかりに嬉しかった。 もしかすると実力は健介のほうが上かもしれない。しかし、それでも川田が勝利したのはプライドが優ったからのように思える。全日本のプライド、馬場さんのプライド、ファンのプライド。そして何より川田利明自身のプライドが勝利を導いたように思えてならない。 後に友人のタク君からのメールにはこう書かれていた。「川田が勝った要因はただ一つ、川田らしかったからだ」。 私が会社を辞めて旅に出たのも旅人としてのプライドからだった。自分らしく生きることの誇りが私を旅に追い立てた。
翌日メーサロンに行った。バサンでソンテウを1時間半も待ち、やっとメーサロンに着いた。 メーサロンは山岳地帯にある町で景色の美しい所だ。アカ族の姿もよく見かける。 食事をしてから、アカ族の村などを歩いた。それほど広い町でもなく郊外に足を伸ばさなければ数時間で回れてしまう。 時間はまだ4時前だがメーサイに帰ることにした。またしてもなかなかソンテウは現れない。しばらくしてから、近くのホテルでソンテウの時間を聞いてみた。 返ってきた答えはなんと「Tomorrow」だった。帰れなくなってしまった。 仕方がなく、メーサイに荷物一式を置いたまま、メーサロンにも宿を取らなければならなくなった。 手ぶらの旅とは、こうゆう感じなのだろうか…。 |
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