手渡したバトン

日本:貝塚・大阪(2001年1月5日〜1月9日)



関空の税関は強敵だと聞いていたので、かなり構えて望んだが結局ノー・チェックで通過した。もちろんカバンを開けたところで違法なものなど何も出てこないのだが。

南海貝塚駅で友人のタク君と待ち合わせた。約1年振りの再会だ。前の旅で彼に出会わなければ、今回のベトナムでの感動はなかっただろう。

そのまま、タク君の住む三ツ松へ行き、そのとき一緒に旅したクニちゃんの家に行った。


クニちゃん宅に集まる劇団Dream Palletのメンバーたち

クニちゃんの家には彼等の友人久太郎君もいた。彼等3人はクニちゃんが団長を務める劇団『Dream Pallet』のメンバーだ。演劇に素人の私もなぜかメンバーになっていた。現在オリジナル・ビデオシネマ『カンフー刑事』の撮影中だという。

4人でバイキングに行った。久しぶりの日本での食事だ。料金は1,600円だった。私はちょうど15US$をキャッシュで持っていたので、近々海外へ行くタク君にまとめて払ってもらい、15US$を手渡した。日本で米ドルを使うのは初めてだ。

夜、タク君の携帯が鳴った。前に私がインド・カルカッタで出会ったスズちゃんからだ。今回私が貝塚に寄るということで、堺に住む彼女と久しぶりに会う約束をメールでしていた。その連絡先をタク君の携帯にしていたのだ。事後承諾だったが、タク君は快く引き受けてくれた。スズちゃんのバイトが休みとなる7日に会うことになった。

 

南海難波駅でスズちゃんと再会した。1999年5月以来の再会だ。ずっとメールをやり取りしていたので実際の時間ほどの空白は感じなかったが、やはり懐かった。彼女の旅仲間も一緒に来ていた。彼女たちも2月からカンボジアに行くという。

近くのレストランに入り、お互いの旅の写真を交えて旅話に花が咲いた。日本にいることを忘れてしまいそうだ。あっという間に時間が過ぎていった。

 

その夜、またタク君の携帯が鳴った。今度はフエで出会ったももさんからだった。彼女も翌日仕事が休みなので会えるという。大阪でこれほど多くの人と再会できるとは。やはり来てよかった。


南海本線貝塚駅

大阪の地理には詳しくないので、待ち合わせ場所を前日と同じ南海難波駅にしてもらった。

翌日、約束の場所で再会した。

彼女はかつてタイの日本料理屋で仕事をしており、タイ語が話せる。現在は大阪市内で看護婦をしており、休みを利用して時々旅に出ているという。彼女がフエを発った日、寝過ごした私は慌てて外に出てみた。今まさに出発というときに間一髪見送ることが出来た。

社会人の貫禄か、行く先々で彼女は旅人の私に奢ってくれた。何度も遠慮したが、結局好意に甘えてしまった。恐縮する。

彼女もまた近々1週間ほどバンコクに行くという。私はまだ自分の旅を終えていないうちから、これから旅立つ人たちを羨ましく思った。

 

貝塚ではずっとタク君の家に泊まっていた。いつもプロレスのビデオを見ながら遅くまで旅やプロレスの話をしていた。

1月16日から旅立つ彼はやはりカンボジア・シェムリアプのスレイのことを気にしていた。彼は幸いスレイの住所を持っていた。クメール語で書かれているので私たちには読めない。現地でその住所を手がかりにスレイを探してみるという。

1月9日、私は旅のバトンをタク君に手渡し、北海道に向かった。

旅人がいる限り、旅は生き続ける。

旅は生きている。

そして、私も生きている。


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