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ラサ入りの2日後、郊外のガンデン寺でタンカ(大仏画)の開帳式が行われた。私は他の旅行者とタクシーをシェアしてガンデン寺に向かった。 寺にはたくさんの観光客や参拝者であふれ返っている。しかし、それは大騒ぎするような祭りではなく、荘厳な儀式として執り行われた。(タンカ開帳式の写真はここ)
ゴルムドを出発してからの私はなぜかひどい孤独感に襲われていた。帰りたいわけではないのでホームシックではない。誰かと話しているときはまだいいのだが、それが途切れると世界中の人が自分に背を向けているような気持ちになった。誰かの中に自分の存在を感じたい。これも、高山病のひとつなのだろうか? ラサに着いてからもそんな気持ちが続いていた。そんな時、敦煌で出会ったケースケ君とマリコちゃんが私の泊まっているヤク・ホテルのドミまで遊びに来てくれて温泉に誘ってくれた。残念ながら実現しなかったがこれは本当に嬉しかった。凍り付いていた心が融けていくのを感じた。
同じ宿の荒澤君、成田さんとセラ寺へ行くことにした。 ラサの街を歩いているとセラ寺に行くバスが頻繁に走っており、「セラッ、セラッ、セラッ!」という掛け声が街のいたるところでBGMの如く響いている。 セラ寺は広い敷地にたくさんの堂があり、なかなかの見応えだ。堂に入るとヤクバターのくせのある臭いが漂っている。チベットの寺では灯りはロウソクではなくバターランプを使っている。参拝者はそこにバターを供養して礼拝する。僧侶たちもフレンドリーだ。中庭では僧侶たちの問答の掛け声が響いている。
その翌日、成田さんとチベットの象徴ポタラ宮に行った。 ポタラ宮の前には6車線の道路が走っており、その正面には大きな広場があり中国国旗がなびいている。秘境のイメージは全くない。しかし、小高い丘にどっしりと構えたその風格は天空の城と呼ぶのに相応しかった。 酸素の薄いラサでは入り口まで登るだけでも息が切れた。2人とも入り口の前で一旦休憩する。 かつての宮殿はすっかり博物館と化していた。要所要所に監視カメラが取り付けられている。韓国の僧侶も団体で来ていた。博物館として見ればかなりの見応えだ。
寺としての機能も残っている。仏像や仏塔の前にはたくさんの賽銭が投げ込まれていた。なかには100US$札や1万円札まである。 昼食を道路を挟んだ反対側にある、ポタラ宮を眺められるレストランで取った。レストランから眺めるポタラ宮はその雄々しい姿を池に投じている。小洒落た店の雰囲気とは少々アンバランスだったが、決して嫌いではない。 中も見応えがあったが、私は外から眺めるポタラ宮が好きだ。 今回の観光のメインイベントを無事終えた。 |
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