化石婆さん現る

中国:昆明・石林(2000年10月2日〜10月5日)



昆明には朝5時前に着いてしまった。

早朝のためみんななかなかバスを降りようとしない。30分程してやっと乗客は降り始めた。

それでもまだ早かったが、とりあえず泊まる予定の昆湖飯店に向かった。

鍵はかかっていなかったが、警備員はまだ寝ている。私に気づいたが起きる様子はない。ロビーで待つしかなかった。6時半になってやっとチェックインできた。

一眠りした後、銀行に行った。しかし、この日は国慶節の真っ只中で、銀行は外貨両替業務を10月7日まで休業していた。とてもじゃないがそんなに待っていられない。ラオス・ビザも取らなければならない。大きなホテルを歩き回り、ホリデー・インでやっと両替できた。

ラオス領事館のある茶花賓館に行く。ラオス・ビザは15日間滞在可能で320元(約39US$)もする。


雲南大学。この近くには美味しい店が多い

雲南名物に過橋米線がある。熱いスープに薄い生肉や鶉の卵、野菜などを入れ、最後に麺を入れて食べるものだ。私が最も好きな中国の麺料理だ。昔、勉学に励む夫に妻が橋を渡って届けたという伝説からこう名付けられたらしい。

ラサで会ったZOMとのりちゃんから、雲南大学の近くに過橋米線の美味しい店があると聞いていた。その店はスープを熱い土鍋で出てくるので最後まで冷めないという。行ってみると本当に美味しかった。

雲南大学周辺はカフェが多く、居心地のよさそうな雰囲気だ。留学生だろうか、外国人の姿も多い。

 

翌日、石林に向かった。前の旅で泥棒に切られたズボンを直してくれたサニ族のおばさんに会いたかった。

石林行きのバスは観光バスになっており、途中行きたくもない宝石屋に寄らされる。しかも、運転手がガイドを兼ねているので非常に脇見運転が多い。以前日本人旅行者も巻き込まれた事故も起きている。私の乗ったバスは無事石林に着いてくれた。

残念ながら会いたかったおばさんはいなかった。

私はサニ族の村に行ってみた。以前行きつけだった屋台はまだあった。さらに村に入っていくと見覚えのある婆さんがいた。

「カセキ。やっぱりそうだ。前に会った化石婆さんだ。婆さんはおもむろに化石を出し「カセキカウ」「トモダチ」「1コ10ゲン」と片言の日本語で言ってくるのだ。嬉しい再会だ。

化石婆さんとの再会はこの後の東南アジア再会の旅へのプロローグとなった。


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